2011年09月29日

ある時間を欲しがるもの

「おばあちゃんが、また入院することになった」

その言葉の意味を痛いほど知っているから、頭が真っ白になった。





故郷の母からの電話。

その日は久しぶりに会社帰りに飲みにきていた。

着信に気づき、薄い扉を出て、喧騒を背後に聞いたその言葉。




先程まで聞こえていた喧騒は止み、感じていた酔いは消え去り、頭が真っ白になった。


その言葉の意味を知っているから。


一瞬の出来事。


再び携帯から母の声が聞こえた頃には、喧騒は戻っていた。


まだ外にいることを伝え、母と祖母を気遣い電話を切る。


再び、喧騒の中に戻るが、そこにあるのは張り付いた笑顔だけだった。





自分の無力さと時間を無駄にしてきたと感じるのは、何度目だろう。


日々生きるためには目の前のことだけに注力して、それ以外のことに気が向かない。

きっとそれが当たり前なんだろう。


でも、今、自分がここにいるための時間を振り返るとき、欠かせない人たちがいる。


その人たちに返せるものなく、その人たちは無情とも思える瞬間に去ってしまう。




祖父の時がそうだった。


よく喧嘩をした。

よくからかわれた。


たくさん可愛がってくれた。

たくさんのことを教えてくれた。


そんな祖父に返せるものはほぼなく、自分の記憶中でしか会えなくなった。

突然に。

社会人になってすぐの出来事。

そして、今度は祖母も。





私は子供の頃、大きな病気をした。


食べるものを制限された。

飲み物を制限された。

人に会うのを制限された。


そんな私の側に忙しい両親に代わり毎日一緒いてくれたのが、母方の祖父であり祖母であった。


両親が離婚し、母方の祖父母の家に住むことになったとき。

思春期特有の『嫌い』の感情を抱いたこともあった。

負い目を感じたこともあった。

それでも、最後に溢れるのは愛おしい感情だった。



もっとたくさんのことを聞きたかった。

もっとたくさんのことを教わりたかった。

もっとたくさんのことを話したかった。

もっとたくさんの思いを返したかった。


私はどれだけ返せたのだろう。

私はあとどれだけのことを返せるのだろう。



郷里への思いを馳せるときいつもそのことが頭をしめる。



彼らが誇れる人になりたいのに、日々の私は忙しいを理由に逃げてしまう。

私は何かを返せたのだろうか。

私は何かを返せるのだろうか。


もっと時間が欲しい。


私がここにいることが出来るために出会えた人たちに、この思いを返せる時間が。

無力な自分に涙を流すのではなく、ありがとうと涙を流せる自分に。

タグ:ある
posted by 桜月 at 23:11| Comment(2) | TrackBack(0) | [短編]月の影 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月22日

ある暗い道

家への帰り道。
暗い道を照らすのは街灯や家の人工的な光たち。

ふと、もしこの光が全てなくなったらどうなるだろうと思った。

一寸先すら見えない闇に包まれ、自分が進むべき道すらわからない。

急に怖くなり、空を見上げる。

星は見えないけど、月は今日も優しい輝きを放っている。

大丈夫。

もし自分の周りにある光が消えてしまっても、
自分を導いてくれる光が無くなるわけではない。

それは、普段は別の光に隠れて気づかないかもしれない。

でも、暗い道に困っている自分を助けてくれる光。
その光を頼りに、ゆっくり歩いていけばいい。

焦らず、ゆっくりと。
タグ:ある
posted by 桜月 at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]月の影 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月25日

ある雨の翌日

雨の降った翌日の、
霞みがかかったような晴れの日。

暖かくも寒くもない、
とても静かな朝。

ほんの少し湿った空気の中を
ふわり、と舞うのは蝶。

優雅に羽を揺らし舞う。

あまりにもゆっくりと舞う姿に、蝶以外、
時間が止まったかのように錯覚する。

蝶が目の前を横切る数秒が、
とても長く感じられた後。

ほんの少し深く息を吸う。


苦しいこと、悩むことはたくさんあるけど…
うん、とりあえず今日も頑張ろう。

タグ:ある
posted by 桜月 at 08:34| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]月の影 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月16日

ある始まりの朝

ほんの少し、いつもより特別な朝に感じられた。
多くの人にとっては変わらない毎日なのに。

きっと私と同じような朝を向かえている人は、たくさんいるはず。
身近や周囲では確率は低いけど、世界中、いや日本中から見れば確率は高いはずだから。

年を取るほど、この日を嬉しがらない人もいる。
私はどうだろう?
今はまだ嬉しいんだけどな。

忘れられてないか、期待と不安を混ぜながら言葉を待つ。
きっと今日はいつも以上に携帯が気になるんだろうなと思うと苦笑してしまう。

空が黒から紺へ。
紺が白じみだし、やがて朱色が線を引いていく。
息は白く、冷たい風が冬の寒さを感じさせる。

私にとっては一年の始まりの一日。
今日はどんな一日になるだろう。
素敵なスタートを切れるといいな。

タグ:ある
posted by 桜月 at 06:28| Comment(0) | TrackBack(0) | [短編]月の影 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月16日

あるノートの最後のページ

使っていたノートが最後のページに辿りついた時、顔がほころぶ。
それは、山の頂上が見えたのと同じ気持ち。

その最後のページを字という歩みで埋めた時、山の頂上に辿りついた達成感と同じ気持ちが芽生える。
ようやくここまでたどり着いた、と。

子供の頃はよくノートをちぎっていた。
1、2ページだけしか書かずにほったらかしにしていた。
新しいノートが欲しくても手元になく、せっかく書いた1、2ページをちぎっていた。
おかげでえらくやせ細ったノートもたまにいる。

小学生の頃とかは、ノートを使いきる前に学年が変わった。
学年が変わると新しい気持ちになるので、新しいノートが欲しくなる。
そうして、あと数ページ空白のノートたちがいつも残された。

高校生くらいにはルーズリーフを使い始めた。
ちぎる必要なく、いつも最初の1ページと同じ気持ちで使える。
けれどもノートほど書いても書いても達成感も何もなく、いつのまにかどこかに行ってしまうこともある。

社会人になってまたノートを使い始めた。
新人はメモすることが多いから。
ルーズリーフでは他の書類と紛れてしまう。
まあ、私の管理の問題だけなのかもしれないけど。

ノートの方が時系列に書けるから。
数日前のや数ヶ月前の話でも引き出せるのが便利。
だから1日の書き始めには今日の日付を記入する。

ある日、打ち合わせで懐かしい光景を見た。
小学生の算数だったか、先生がノートのページを半分に折って使えと言っていたことがあった。
目の前にそれをしている人がいた。
なんだか少し胸がほんわかする。
真似てというわけではないけれども、私も半分に折ってみた。
1行はとても広く感じられたけど、0.5行ならきれいに収まる気がした。
ノートを隅々まで使えることもよい。だから私はページを半分に折る。

仕事で出た用語や関数、作業手順をメモした。
メモして後も必要になる場面が多かったので、すぐに引き出せるよう付箋をつけた。

付箋がいくつか増えてきたので、今度は表紙の裏に付箋の概要と書いた日付を書いた。
これならノートが変わっても表紙の裏さえ見れば必要な情報がすぐに探せた。

そうこうしているうちに、最後までぎっしり書かれたノートが数冊手元にできた。
いくつもの山を制覇したような得意げな気持ち。
ここに書かれていることの大半は記憶の奥にしまわれている。
何もなく探すのや引き出すのは大変だけど、ノートがあればすぐに出せる。
ここにあることが私の中に蓄積されていると思うと、ちいさな自信が胸に育つ。

ノートの最後のページ。
それは自信と達成感。そして次への期待が込められたページ。


あとがき
タグ:ある
posted by 桜月 at 13:19| Comment(2) | TrackBack(0) | [短編]月の影 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする